犬にも“免許” はいるのか? 世界の「犬の免許制度」を一つずつ調べてみた

コラム
2026.08.09|11 MIN READ|DOBERMANN / A LICENSE TO OWN A DOG

車には免許がいるのに、大型犬にはいらない

こんな話を最近考えていた。

車は、人を傷つける可能性があるから免許がいる。座学を受けて、実技をやって、試験に受かって、やっと運転できるようになる。免許を持ってない人がハンドルを握ったら、それだけで違反だ。

でも、40kgや50kgある大型犬は、犬を一度も飼ったことがない人でも今日から飼える。ペットショップで気に入った子を見つけて、お金を払えば、その日のうちに家に連れて帰れる。知識のテストも、体力のテストも、何もない。

俺は今、体重35kgのドーベルマン「ベル」と暮らしている。大型犬を実際に飼っている側の人間として、この「免許制という考え方」を鼻で笑う気にはなれない。むしろ、なんでこんなに差があるんだろう、と単純に疑問だった。

じゃあ、大型犬にも免許を義務付ければいいじゃないか。最初はそう思っていた。でも実際に調べてみたら、そんなに簡単な話じゃなかった。

日本には「登録」はあるけど、「免許」はない

まず、日本に今ある制度を整理しておく。

犬を飼うと、まず「狂犬病予防法」という法律で、生後90日を超えたら30日以内に市区町村へ登録する義務がある。登録すると鑑札がもらえて、これを犬に着けておく必要がある。さらに年に1回、狂犬病の予防注射を受けさせる義務もある。これを怠ると20万円以下の罰金がある。

もう一つ、「動物の愛護及び管理に関する法律」という法律もあって、飼い主には「動物の健康と安全を守るように努める」責務が定められている。ただしこれは努力義務で、これ自体に罰則はない。一方で、動物を虐待したり、みだりに殺傷したりした場合の罰則はかなり重く、5年以下の懲役または500万円以下の罰金まで科される。

つまり日本の制度は、「飼う前に審査する」んじゃなくて、「飼った後、ひどい扱いをしたら罰する」という設計になっている。免許を取ってから運転する車とは、根本的に順番が逆だ。

じゃあ大型犬や危険な動物は特別扱いされないのか、というと、実はクマやワニなど「特定動物」に指定された生き物には飼育許可制がある。でも犬は、この特定動物には含まれていない。

環境省の審議会資料を読むと、その理由がはっきり書かれていた。「犬種というのは生物学上の正式な分類ではなく、国際的に統一されたルールもない。だから法律の規制対象として指定するのが難しい。仮に指定しても、現場の職員が『この犬は対象犬種かどうか』を正確に判断するのは難しく、特に雑種はほぼ判断不可能」という趣旨のことが、公式な検討資料の中で述べられている。体の大きさで線引きする案についても、「自治体の職員が一頭ずつ体高や体重を測る体制はなく、結局は飼い主の自己申告に頼らざるを得ない」という、かなり率直な懸念が記されていた。

これを読んで、なるほどと思った。「大型犬だけ免許制にすればいい」という発想は、俺が最初に考えていたよりずっと、線引きが難しい話だったわけだ。

海外には本当に「犬の免許」があるのか、一つずつ確認した

ここからが今回いちばん時間をかけた部分だ。「海外では犬に免許が必要」という話は、日本語のネットでもよく見かける。でも、それが今も実際に生きている制度なのか、そして「免許」と呼べるほどの中身があるのか、国ごとに一次資料まで遡って確認した。

ドイツ:全員が試験を受ける州がある

ドイツは州ごとに法律が違う。その中でニーダーザクセン州は、犬種を問わず、その州で新しく犬を飼うすべての人に「知識証明(Sachkunde)」の取得を義務付けている。俗に「犬の運転免許」と呼ばれている制度だ。

内容はけっこう本格的で、犬を飼い始める前に座学の試験(動物福祉に関する法律、犬の習性、危険な状況の見分け方、しつけの基礎など)を受け、飼い始めてから1年以内に、実際に自分の犬を連れて実技試験も受ける。すでに2年以上犬を飼った経験がある人などは免除される。違反すると最大1万ユーロの過料になる。

さらに、ドイツ・ブレーメン州でも2026年7月から、新しく犬を飼う人全員にこの手の資格取得を義務付ける制度が始まっている。一方でバイエルン州のように、危険とされる犬種以外には特に義務を課していない州もある。同じ国でも、州によって温度差がかなり大きい。

スペイン:試験というより「健康診断」

スペインには「潜在的危険犬(PPP)」という制度がある。特定の8犬種と、その交雑種、それに体重20kg超などの体格基準に当てはまる犬、過去に攻撃性を見せた犬が対象だ。

この犬を飼うには免許(licencia)が必要で、成人であること、重大な犯罪歴がないこと、身体・精神面の適性証明書、それに12万ユーロ以上の賠償責任保険への加入が求められる。

ただ、ドイツと違って、犬の扱い方そのものを試す講習や実技試験は求められていない。どちらかというと車の免許でいう「適性検査」に近く、犬をどう扱うかの知識・技術を審査する制度ではない。この制度は、1999年にマヨルカ島で4歳の男の子がドゴ・アルヘンティーノという大型犬に襲われて亡くなった事件がきっかけで作られた。

スイス:義務化したのに、9年でやめた国

これは調べていて一番驚いた話だった。スイスは2008年から、初めて犬を飼う人に座学と実技を合わせた講習の受講を全国的に義務付けていた。

ところが2016年、スイス連邦政府が効果を検証したところ、「講習を受けた人と受けていない人とで、咬傷事故の件数に差がなかった」「導入後も事故件数自体が減っていない」「そもそも約2割の飼い主が講習を受けていなかった」という結果が出た。これを受けて、スイスは2017年、全国一律の義務講習を廃止している。

今も一部の州(たとえばバーゼル・シュタット)では独自に講習を義務付けているが、国全体の制度としては、もう存在しない。「スイスでは犬に免許がいる」という紹介を見かけることがあるが、少なくとも国レベルでは、これはもう過去の話になっている。

イギリス・アイルランド・オセアニア:これは「免許」と呼べるのか

イギリスには、特定の危険犬種(ピットブル・テリアなど)の所有そのものを禁止する法律がある。ただし、すでにその犬種を飼っていた人には、去勢や賠償保険加入などの条件付きで飼育を続けられる「適用除外証明」という仕組みがある。これは新しく犬を迎える人向けの「取得免許」ではなく、すでに飼っている人を対象にした事後救済の性格が強い。

アイルランドにも制限犬種の制度があるが、中身は公共の場でのリード・口輪の装着義務が中心で、知識や技能を試す試験はない。ニュージーランドやオーストラリアの制度も同様に、事故を起こした犬や特定の犬種を「危険」と分類して行動を制限する仕組みが中心で、飼い主に事前の資格を求める制度ではなかった。

つまり、「犬の免許制」と呼べる中身(飼い主本人の知識や能力を審査し、それに合格しないと飼えない制度)を持っているのは、調べた範囲ではドイツの一部の州にほぼ限られていた。他の多くの国は、「登録」「行動制限」「事後の危険度分類」であって、日本の制度と発想としてはそこまで遠くない。

なぜその国・地域は、その制度を作ったのか

海外の制度には、たいてい特定の事故がきっかけになっている。

スペインは1999年のマヨルカ島での死亡事故。イギリスは1991年に相次いだ重大な咬傷事件。ニュージーランドは2003年、7歳の女の子が大型犬に重傷を負わされた事件。ドイツも2000年にハンブルクで6歳の子どもがピットブル系の交雑犬2頭に襲われて亡くなった事件が、国全体での議論のきっかけになっている。

面白いのは、ドイツはこの事件のあと、最初は「危険な犬種」を指定して規制する方向に進んだが、うまくいかず、のちに「犬種ではなく、個体ごとの行動や飼い主の知識を見る」という方向に転換していったことだ。犬種で線引きする方法自体に、限界があったということだと思う。

日本にも実は似た話がある。茨城県では1979年、土佐犬による咬傷事故がきっかけで、特定の犬種や体格の犬を「特定犬」に指定し、檻での飼育を義務付ける条例ができた。大きな事故のあとに規制が生まれる、という流れ自体は、海外と同じパターンが国内にもあるわけだ。

「大型犬だけ免許制」は、それはそれで問題がある

ここまで調べて、「じゃあ日本でも、大型犬だけ免許制にすればいいんじゃないか」と、また考えた。俺自身、大型犬を飼っている身として、そのアイデアには思い入れがある。

でも、これはこれで弱点がある。

まず、「体の大きさ=危険性」と単純に結びつけていいのか、という問題だ。アメリカの獣医師会(AVMA)は公式に、「犬種による所有禁止は、信頼できる咬傷予防策とは言えない」という立場を取っている。理由は、どの犬種の犬でも噛みつく可能性があること、そして「この事故を起こしたのはこの犬種だ」という報道自体、動物管理の専門家による特定と食い違うことがかなり多いからだ。アメリカで2000年から2009年に起きた咬傷による死亡事故256件を調べた研究でも、犬種の特定はメディアと専門機関で3〜4割も食い違っていたと報告されている。この研究は、事故には犬種以外にも複数の要因が重なっていることが多く、犬種だけが決定的な要因ではなかった、と結論づけている。

小型犬でも咬傷事故は起きる。「小型犬の方がよく噛む」というデータも見かけるが、これは動物病院の民間データが中心で、公的機関がまとめた確かな一次統計にはまだたどり着けていない。だから、この数字は参考程度にとどめておくべきだと思う。ただ、少なくとも「体の大きさだけで危険性を判断する」考え方には、専門家の間でも慎重な意見が多い、ということは言えそうだ。

体重や体高で線引きしようとすると、今度は「誰がどうやって測るのか」という、さっき出てきた日本の実務上の壁にもぶつかる。

では日本で導入するとしたら、何が引っかかるのか

ここまでの話を踏まえて、日本で犬の飼育免許制を作るとしたら、具体的にどこで詰まりそうか、俺なりに整理してみる。

  • 対象の線引き:犬種で決めるか、体格で決めるか。どちらも環境省の資料が指摘する通り、判定の難しさがある
  • 講習の実施主体:誰が座学・実技を教えるのか。全国一律の体制を作るのは簡単ではない
  • 費用負担:講習費・試験費は誰が払うのか。飼い主か、行政か
  • 更新の有無:一度取ったら終わりか、車の免許のように更新が必要か
  • すでに飼っている人の扱い:新しい制度ができた瞬間に、今すでに大型犬を飼っている人たちをどうするのか
  • 不合格だった場合の犬:もし試験に落ちたら、すでに家族として暮らしている犬をどうするのか。これは相当重い問題だと思う
  • 無免許飼育の取り締まり:環境省の資料自体が、既存の飼育許可制度(特定動物)ですら「取り締まりがほぼ機能していない」と認めている。新しい制度を作っても、同じことが起きないとは言い切れない
  • 行政のコスト:これを全国の保健所で回せる体制があるか
  • ブリーダーやペットショップへの影響:買う側に免許が必要になれば、売る側のビジネスにも当然影響が出る
  • 飼育放棄が増えるリスク:資格を取れなかった、更新できなかった、という理由で手放される犬が増える可能性
  • 個人の自由への介入:どこまで行政が「誰が犬を飼っていいか」に踏み込んでいいのか

これは全部、俺個人の考えだが、こうやって並べてみると、「免許制にする」という一言の裏に、決めなきゃいけないことがかなりの数あることがわかる。

日本が動物の規制にどこか消極的に見える理由

ここは事実の整理として書いておきたい。

日本の民法では、動物は種類を問わず「物」として扱われる。動物愛護管理法という法律では「動物は命あるもの」という理念が書かれているが、これはあくまで理念であって、民法上の扱いそのものを変えるものではない。

一方、EUにはリスボン条約という基本条約の中に、「動物は感覚を持つ存在である」と明記した条文がある。これはEUと加盟国に、動物福祉への配慮を義務付ける、かなり重みのある規定だ。ただし調べていくと、EU加盟国の民法自体は、今も動物を「物」として扱っている国が多いこともわかった。つまり「EUは動物を人格のように扱っていて、日本は物として扱っている」という単純な話ではなく、「EUは理念を基本条約という高いレベルの法律に書き込んでいるが、日本は動物愛護法という個別法の理念にとどまっている」という、程度の差の問題として捉えるほうが正確だと思う。

もう一つ、日本のペット関連の市場規模は年間で約1兆9千億円ある。行政の仕組みは、法律を作るのは環境省、実際の登録や事故対応を行うのは都道府県や市の保健所、という二段構えになっている。全国一律で新しい審査制度を作って回すには、この現場側の体制づくりが大きな課題になる。

それでも、俺はこう思う

ここまで調べて、最初に思っていたよりずっと複雑な話だとわかった。「免許制にすべき」と一言で言い切れるほど単純じゃない。犬種で線を引くのも、体の大きさで線を引くのも、それぞれに弱点がある。海外の「先進的な制度」として紹介される話の中にも、すでに廃止されたものや、実は免許と呼べるほどの中身がないものが混じっていた。

それでも、車には免許がいって、40kgの犬には何もいらないという今の状態が、このままでいいとも思えない。

ドイツのように「全員が最低限の知識を持つ」ことを目指す制度と、日本のように「起きたことに対して責任を取らせる」制度、どちらが正しいという話ではなく、どこまでを個人の自由に任せて、どこからを社会のルールにするのか、という線引きの問題なんだと思う。

車の免許のような本格的な制度じゃなくても、たとえば大型犬を初めて飼う人向けの講習を(義務ではなく)推奨する仕組みくらいなら、今の日本でも現実的な一歩になるんじゃないか。これは完全に俺の意見だ。

あなたなら、どこまで飼い主に資格を求めますか。

このブログは、ドーベルマン「ベル」と暮らす日々や、犬にまつわる話を書いています。よかったらトップページ(kyokench.com)や、YouTubeチャンネル「狂犬の正体」ものぞいてみてください。

参考資料(海外の一次資料)

※日本の法律・制度に関する記述は、狂犬病予防法、動物の愛護及び管理に関する法律(e-Gov法令検索)、環境省の公表資料をもとに執筆しています。当ブログの方針により、国内サイトへの直接リンクは掲載していません。

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