コメント欄の”犬の気持ち翻訳家”を、科学で解剖してみた
例のアレ、犬SNSに毎日湧いてる
うちのYouTube、TikTok、InstagramやThreadsでも、犬の動画を上げると降ってくるコメントがある。
「その飼い方は間違っています」 「犬がかわいそう」 「もっと犬の気持ちを考えた方がいい」 「ちゃんと〇〇理論勉強した方がいいですよ」
動画はだいたい30秒。相手はその犬に会ったことすらない。なのに、まるで何年もその犬と暮らしてきたみたいな言い方で来る。
これ、「SNSには変な人がいるよね」で終わらせがちだ。でも俺はずっと引っかかってた。
なんで、その犬と何年も暮らしてる飼い主より、30秒の動画やわずかな情報の文面を見ただけの他人の方が「自分の方がこの犬をわかってる」って思えるんだ?
これ、性格の問題じゃない。人間の頭の作り自体に理由があるらしい。ちゃんと調べてみた。
動画から消えてる情報、多すぎない?
30秒の動画に写ってるのは「今、その一瞬」だけだ。
その犬の性格。年齢。体調。育った環境。過去に何があったか。しつけの経験。普段の飼い主との関係。撮影の前後に何が起きていたか。
これ、ほぼ全部消えてる。
これがどれくらい判断を狂わせるか、実際に調べた研究がある。アリゾナ州立大学のMolinaro & Wynne(2025年)は、犬の動画を人に見せて、感情を当てさせる実験をした。「状況の説明あり」と「なし」の2パターンで見せたところ、状況がわからないと、多くの人は犬の行動だけでは感情を当てられなかった。
もっとえげつない実験もある。同じ犬の同じ動きを、あえて違う状況とセットで見せたのだ。掃除機に反応してる犬の映像を「リードを見て喜んでる場面」として見せると、みんな「幸せそう」と答える。逆にすると「不安そう」と答える。
つまり人は、犬そのものより、周りの状況を見て判断していた。
コメント欄で「この犬はかわいそう」と言われているとき、実は犬そのものより、編集された数秒の”状況”に反応していることが多い。一般の人と、犬の専門家の判断がズレることも、4000人規模の調査(Samet et al., 2025)でわかっている。
人は「わからない」を我慢できない
情報が足りないなら、「わからない」で止まればいい。でも人間の頭はそうできていない。
イェール大学のRozenblit & Keil(2002年)は、身の回りの道具の仕組みを人に説明させる実験をした。参加者は最初「余裕で説明できる」と思っている。でも実際に細かく説明させると、急に言葉に詰まる。
人は、自分がどれだけ理解しているか、実際よりかなり盛って自己評価してしまう。
これは道具の仕組みだけの話じゃない。人間関係や動物の気持ちのような話でも、同じことが起きやすいと言われている。情報の穴を、それっぽいストーリーで無意識に埋めてしまうのだ。
コメント欄の「この犬はこう思っている」という言い切りは、この埋め合わせがそのまま文字になったもの、と考えると腑に落ちる。
「うちの犬はこうだった」が「犬とはこういうもの」になるカラクリ
犬SNSにはもう一つ、よくあるパターンがある。
「うちの犬はこうだった」 →「だから犬とはこういうものだ」 →「だからあなたの飼い方は間違っている」
たった1匹の経験が、いつの間にか一般論になる。
これを説明できるのが、Tversky & Kahnemanという心理学者の研究(1971年、1973年)だ。
人は物事の確率や頻度を判断するとき、本当のデータより「すぐ思い出せる例」を優先してしまう。これを利用可能性ヒューリスティックと呼ぶ。自分の犬との数年間は、統計データよりずっと思い出しやすい。
しかも人は、少ない人数(や少ない事例)でも「全体を代表している」と錯覚してしまう傾向がある。これは小数の法則と呼ばれる。
うちの犬1匹の経験は、統計的には犬全体のごく一部でしかない。なのに頭の中では、いつの間にか「犬代表」に格上げされてしまう。
なぜ、飼い主より赤の他人の方が「わかってる」ことになるのか
ここが、今回いちばん掘りたかった部分だ。
スタンフォード大学のRoss & Ward(1996年)が唱えた「素朴実在論」という考え方がある。
人は、自分の見え方や解釈を「これは自分の主観じゃなくて、ただの事実だ」と感じやすい。だから、自分と違う見方をする人(今回で言えば飼い主本人)を見ると、「情報が足りないんだろう」「偏ってるんだろう」「勉強不足なんだろう」と判断しやすくなる。
これに近い研究が、もう一つある。コーネル大学のPronin, Kruger, Savitsky, Ross(2001年)が確認した「非対称な洞察の錯覚」だ。
人は「自分は相手のことをかなり理解しているのに、相手は自分のことをそこまで理解していない」と感じやすい。研究チームは、これが個人同士だけでなく、集団同士でも起きることまで確認している。
赤の他人が飼い主に対して覚える「自分の方がこの犬をわかってる」という感覚は、この2つが合わさったものと考えると説明がつく。
自分の解釈こそが客観的な事実で、しかも自分は相手より物事を見抜けている——そう感じやすい仕組みが、もともと人間には備わっている。そこに、動画という圧倒的に情報の少ない材料と、SNSという発信のしやすさが乗っかる。
さらに確証バイアス(Nickerson, 1998年)が追い打ちをかける。一度「この飼い方はダメだ」という解釈が浮かぶと、以後はその解釈を裏付ける部分ばかり目に入りやすくなる。
加えて基本的帰属の誤り(Gilbert & Malone, 1995年)というものもある。人の行動を「その人の性格の問題」で説明したがり、「その日たまたま機嫌が悪かった」のような状況要因を軽く見てしまう傾向のことだ。これが、「かわいそう」を「あなたが悪い」に変換する。
なぜこれがわざわざ書き込みという形で出てくるのか。これにも理由がある。Suler(2004年)が「オンライン脱抑制効果」と呼んだ働きだ。画面越しで相手の反応が直接見えず、匿名性もあると、対面では言わないことを言いやすくなる。
さらに、こうした発言には「見ている人たちへのアピール」という側面もあると指摘する研究者もいる(Tosi & Warmke, 2016年)。批判の中身以上に、「自分は動物の気持ちがわかる、良識ある人間だ」という見せ方が目的になっているケースもある、という指摘だ。
ちなみに、それっぽいけど違うやつ
ここまで読んで「これ、ダニング=クルーガー効果じゃないの?」と思った人もいるはずだ。俺も最初そう思った。でも調べていくと、これを安易に当てはめるのはよくない。
元のKruger & Dunning(1999年)の実験は、文法やユーモアのセンスといった「採点できるテスト」を使って、本人の自己評価と実際の点数のズレを調べたものだ。「犬の動画を見た感想の正しさ」のような、そもそも正解がない話に、そのまま当てはめられる話ではない。
しかも近年、Gignac & Zajenkowski(2020年)らが「これは統計的なクセ(平均への回帰)で説明できるのでは」と指摘していて、学者の間でもまだ決着していない。
ネットでよく見る「バカほど自信満々」という説明は、元の研究とはかなりズレている。この記事では使わない。
もう一つ。「30秒の映像だけで人を判断するなんて無理」と言い切るのも、実は正確ではない。
Ambady & Rosenthal(1992年)がたくさんの研究をまとめたところ、30秒に満たない映像からでも、教師の評価などいくつかの場面では、人の判断は意外と当たることがわかっている。
ただしこれは訓練された特定の場面の話だ。「初対面の犬の内面や、その日の飼い主との関係性」まで正確に読めるという話ではない。実際、犬の感情に関しては、さっき紹介した研究の通り、状況の説明がないと当てにならなくなる。
「短い映像でも、人の判断は案外バカにできない」という一部本当の話が、「だから俺の30秒判定も信用できる」に都合よくすり替わっている。これが実態に近い。
そして、これは俺にも、あなたにも起きてる
ここまで偉そうに解剖してきた。でも白状すると、俺も他の犬アカウントの動画を見て「え、これはちょっと…」と数秒で判断したことは普通にある。コメントは書かなくても、頭の中で採点はしてる。
さっき挙げた話をまとめるとこうなる。
・自分の解釈が事実に見えてしまう ・思い出しやすい経験を、全体だと錯覚してしまう ・情報の穴を、それっぽいストーリーで埋めてしまう
これは全部、批判コメントを書く人だけの特別な故障じゃない。人間の頭が最初から持ってる仕組みだ。
だから、この記事を読んで「いるいる、こういう人」と笑ってる今この瞬間も、同じ仕組みはちゃんと動いてる。
次に誰かの動画を見て、30秒で結論を出しそうになったとき。それを思い出せるかどうかだけが、たぶん唯一の差だと思う。
kyokench.com のトップページ、そしてYouTubeチャンネル「狂犬の正体」もよかったら覗いてみてください。
参考文献・出典
- Molinaro, H. G., & Wynne, C. D. L. (2025). Barking up the wrong tree: Human perception of dog emotions is influenced by extraneous factors. Anthrozoös, 38(2), 349–370. https://doi.org/10.1080/08927936.2025.2469400
- Samet, L., Muschinski, J. M., Harvey, N. D., Giragosian, K., Upjohn, M., Murray, J., & Owczarczak-Garstecka, S. C. (2025). Public perception of dog emotional and motivational states in videos: A cross-sectional analysis. bioRxiv preprint. https://doi.org/10.1101/2025.02.28.640863
- Rozenblit, L., & Keil, F. (2002). The misunderstood limits of folk science: An illusion of explanatory depth. Cognitive Science, 26(5), 521–562. https://doi.org/10.1207/s15516709cog2605_1
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1973). Availability: A heuristic for judging frequency and probability. Cognitive Psychology, 5(2), 207–232. https://doi.org/10.1016/0010-0285(73)90033-9
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1971). Belief in the law of small numbers. Psychological Bulletin, 76(2), 105–110. https://doi.org/10.1037/h0031322
- Ross, L., & Ward, A. (1996). Naive realism in everyday life: Implications for social conflict and misunderstanding. In T. Brown, E. S. Reed, & E. Turiel (Eds.), Values and Knowledge (pp. 103–135). Lawrence Erlbaum Associates.
- Pronin, E., Kruger, J., Savitsky, K., & Ross, L. (2001). You don’t know me, but I know you: The illusion of asymmetric insight. Journal of Personality and Social Psychology, 81(4), 639–656. https://doi.org/10.1037/0022-3514.81.4.639
- Nickerson, R. S. (1998). Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises. Review of General Psychology, 2(2), 175–220. https://doi.org/10.1037/1089-2680.2.2.175
- Gilbert, D. T., & Malone, P. S. (1995). The correspondence bias. Psychological Bulletin, 117(1), 21–38. https://doi.org/10.1037/0033-2909.117.1.21
- Suler, J. (2004). The online disinhibition effect. CyberPsychology & Behavior, 7(3), 321–326. https://doi.org/10.1089/1094931041291295
- Tosi, J., & Warmke, B. (2016). Moral grandstanding. Philosophy & Public Affairs, 44(3), 197–217. https://doi.org/10.1111/papa.12075
- Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one’s own incompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121–1134. https://doi.org/10.1037/0022-3514.77.6.1121
- Gignac, G. E., & Zajenkowski, M. (2020). The Dunning-Kruger effect is (mostly) a statistical artefact: Valid approaches to testing the hypothesis with individual differences data. Intelligence, 80, 101449. https://doi.org/10.1016/j.intell.2020.101449
- Ambady, N., & Rosenthal, R. (1992). Thin slices of expressive behavior as predictors of interpersonal consequences: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 111(2), 256–274. https://doi.org/10.1037/0033-2909.111.2.256


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