今朝、Threadsにこんな話を投稿した。
俺がベルと散歩していたら、突然ノーリードの小型犬がベルに急接近してきた。ベルは急に犬が視界に入ってきて超パニックになりかけて、あわや大惨事。首輪をすごい力で締めてなんとかことなきを得たけど、小型犬の飼い主さんは悪びれる様子もなく、そのまま犬を抱えて行ってしまった。
コメント欄を見てると、やっぱりほとんどの人が「ノーリードは無い」という反応だった。俺も同じ立場だから、正直よく分かる。うちはリードを緩めることすらしない。
ただ今回は、感情論で「ノーリードはダメ」って言うだけじゃなくて、もう一歩踏み込んで考えてみたい。なんでノーリードにしたくなる人が、この世からいなくならないのか。実はこれ、性格が悪いとか、犬への愛情が足りないとか、そういう単純な話じゃなくて、脳の仕組みそのものに理由があるらしい。
「うちの子とは通じ合ってる」という錯覚を作る脳内物質
犬と見つめ合うと、脳内でオキシトシンっていうホルモンが出る。これは人間同士が信頼し合ってるときにも出るホルモンで、「絆を感じさせる物質」って呼ばれてる。
2015年に科学誌「Science」で発表された研究では、犬と飼い主が見つめ合う時間が長いほど、お互いのオキシトシン濃度が上がっていくことが分かった。しかも面白いのは、この現象がオオカミでは起きないってこと。犬だけが、人間と見つめ合うことで絆ホルモンのループを作れるように進化してきたらしい。
これ自体はすごく良い話なんだけど、問題はここから。この「絆を感じる脳の反応」が強い人ほど、「うちの子とは言葉が通じなくても心が通じ合ってる」「だからリードなんて無くても大丈夫」って思い込みやすくなる。
でも冷静に考えてほしい。その絆を感じたのは、リビングで二人きりで見つめ合ってた時の話。公園で他の犬のニオイがして、走ってくる小型犬がいて、というテンションが振り切れた状況でも同じように「言うことを聞いてくれる」とは限らない。絆の強さと、呼び戻せる確率は、実は別の話なんだ。
「うちの犬だけは特別」と思わせる脳のクセ
もう一つ厄介なのが、人間には「自分に関わるものを実際より高く評価してしまう」というクセがあること。心理学では「イリュージョナリー・スーペリオリティ(優越の錯覚)」とか「レイク・ウォビゴン効果」って呼ばれてる。簡単に言うと「自分は平均より上だと思い込みやすい」という現象。
海外の調査記事で紹介されている飼い主の意識調査では、驚くことに、調査対象になった飼い主のほぼ全員が「うちの犬は他の犬より幸せに暮らしてる」「うちの犬は他の犬より健康」って回答してた。全員が平均より上のはずがないのに、みんな自分の犬だけは特別だと思ってる。
これと同じクセが、リードの判断にも働いてるんじゃないかと俺は思う。「うちの犬は他の犬よりお利口だから大丈夫」「うちの犬に限って人や犬に突っ込んでいったりしない」。この「うちの子だけは特別」という思い込みが、リードを外すハードルを下げてしまう。
事故が起きても謝れない脳の防衛反応
今回のThreadsの件で、俺が一番モヤっとしたのが「小型犬の飼い主さんが悪びれる様子もなかった」ってところ。これも実は、脳科学的に説明がつく現象らしい。
人間の脳には、「自分の判断は正しかった」と思い続けたい欲求がある。心理学ではこれを「認知的不協和」とか「自己奉仕バイアス」と呼ぶ。海外の犬の行動学ブログでも指摘されてるんだけど、ノーリードの犬が他の犬に突っ込んでトラブルになった時、飼い主は「自分がリードを外した判断」を疑うより先に、「相手の犬が愛想が悪かったんだ」というふうに、原因を外に探してしまう傾向がある。
つまり、事故のリスクを説明されても、脳は「自分の子育て(犬育て)を否定された」と感じて、素直に受け止めるより先に防御反応を起こしてしまう。今日ぶつかってきた小型犬の飼い主さんも、たぶん悪気があったわけじゃなくて、脳がとっさに「自分は悪くない」というモードに入っただけなんだと思う。だからといって許されるわけじゃないけど、あの態度の理由が見えると、こっちの気持ちも少し整理できる気がする。
目先の「自由にさせてやれてる感」が、リスクより勝ってしまう
最後にもう一つ。人間の脳は、遠い未来のリスクより、今すぐ手に入る気持ちよさを優先して評価するようにできている。リードを外した瞬間に犬が嬉しそうに走る姿は、今すぐ手に入る「ご褒美」。一方、事故が起きるかもしれないリスクは、めったに起きない、遠くてぼんやりした話。脳はこの二つを同じ重さでは扱ってくれない。
だからノーリードにする人は、決して犬をどうでもいいと思ってるわけじゃなくて、むしろ「思いっきり自由にさせてやりたい」という愛情から来てることが多い。ただその愛情の使い方が、脳の仕組みのせいでちょっとズレてしまってるだけなんだと思う。
それでも、リードは外さない
こうやって脳科学的な理由を並べてみると、ノーリードにしたくなる気持ち自体は、誰の脳にも起こりうる自然な反応だってことが分かる。でも、自然な反応だからといって、リードを外していい理由にはならない。
絆を感じるのと、100%コントロールできるのは別の話。自分の犬が特別に見えるのは、脳のクセであって、他の犬より本当に安全だという保証じゃない。事故が起きた時に「自分は悪くない」と感じたくなるのも、脳の防衛反応であって、事実とは限らない。
俺は自分の脳がそういうクセを持ってることを分かった上で、あえてそれに逆らって、散歩中は絶対にリードを緩めないようにしてる。ベルの首輪をきつく締めた今日みたいな瞬間があるからこそ、余計にそう思う。
散歩中に「うちの子は大丈夫」って気持ちがよぎった時は、それが愛情から来てる自然な感覚だってことを分かった上で、一呼吸置いてリードを握り直してほしい。それだけで防げる事故が、きっとある。
参考:
- https://www.science.org/doi/10.1126/science.1261022
- https://www.psychologytoday.com/us/blog/animals-and-us/202211/does-your-dog-really-have-better-life-other-dogs
- https://wherescienceanddogsmeet.wordpress.com/2019/07/21/cognitive-dissonance-fundamental-attribution-error-confirmation-bias-and-your-dog/
もっとベルのことが気になったら、kyokench.comや、YouTubeチャンネル「狂犬の正体」もよかったら覗いてみてほしい。


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